金の価格が上昇しています。どのくらい上がっているかというと、1980年に4,500円、2020年には6,122円、2024年は11,718円だったものが、2025年12月には25,000円台、今年になるとさらに上がり、1月29日には29,815円と急騰しています(田中貴金属小売価格、円/グラム)。
金は安全資産と言われ、金融不安や地政学的に不安定な時代に安全な投資先として価格が上昇します。新聞などによると、ウクライナ戦争や中東情勢の危機感、そしてとくにアメリカの政策の不透明性さが現在の金価格高騰の原因だと言われています。
金需要の高まりとともに世界的にも金の採掘が活発になっているそうです。最近のニュースでは、中国で埋蔵量1,000トンの巨大金鉱床が発見されたと伝えられています。世界での金の生産量は、中国が1位で375トン、2位ロシア313トン、3位オーストラリア296トンで、やはり大陸の国の生産量が圧倒的です(2023年データ)。
日本の生産量は年間約6トンですが、現在では携帯電話やパソコンに含まれる金や銀をリサイクルして得られる都市鉱山が注目を集めています。日本の都市鉱山の埋蔵量は6,800トンもあるそうです。(国立研究法人物質・材料研究機構より)すごいですね、桁を一つ間違えているのではと思うほどです。
黄金の国ジパングと呼ばれた日本で現在稼業している金鉱山は、鹿児島県の菱刈鉱山だけで、ここで6トンの金すべてが生産されています。菱刈鉱山の金の含有量は世界的にみても抜群で、平均的な金鉱山の含有量の10倍もあります。
佐渡の金山もユネスコの世界歴史遺産に登録されたように、歴史的遺物でもはや生産していません。宮城県でも戦後まで稼働していた大谷金山、鹿折金山も閉山しています。宮城県で歴史的に有名なのが涌谷の金です。涌谷町の天平ロマン館では現在でも砂金取り体験ができます。運が良ければちょっぴり砂金がとれるみたいです。

涌谷町と篦岳の位置(地理院地図を編集)

涌谷町の黄金山神社
天平21年(749年)に、日本で初めて涌谷で金が取れ、その金は奈良・東大寺の大仏の造営に使われたと伝わっています。歌人の大伴家持がこれを祝って、「すめろきの みよさかえむと あずまなる みちのくやまに くがねはなさく」と詠んでいます。
この金は砂金として取れたものですが、砂金がどこからやってきたのか二つの説があります。(「天平の産金地、宮城県篦岳丘陵の砂金と地質の研究史」鈴木舜一2009年より)ひとつは北上山地中の砂金を母体として、篦岳周辺の礫に混じり第三紀の含金礫岩となり、それが風化して砂金になったとする説です。もうひとつは篦岳山近くの大貫金鉱床を母体とする説です。今のところ決定的な証拠はないようですが、大貫鉱床は地質から見て多量の砂金が発生したとは考えられず、上流の北上山地のどこからか流出したものではないか、というのが有力な考えのようです。
金鉱床には主に鉱脈鉱床と堆積鉱床があります。世界最大の金鉱床は南アフリカのウィットウォーターランドベーズン鉱床で、全世界の金の埋蔵量の46%に相当すると言われています。この鉱床は含金礫岩(金を含んだ礫が固まった岩石)からできていますが、砂金と礫が一緒に固まったとする説と、礫岩の中に熱水作用で金が濃集したという説があるそうです。
砂金ももともとは金鉱脈が地上に現れ、崩壊や浸食によって鉱脈が崩れ、流水により川の中で凝集したものです。19世紀半ばのアメリカのカリフォルニアゴールドラッシュは、サンフランシスコ(この当時は小さな開拓村だったそうです)近くの小川で小さな金の塊を見つけたところから始まりました。そこに世界中からおよそ30万人が一攫千金をめざして集まりました。金は比重が大変に重く(19.32)そう簡単には流れません。そのため母体である鉱脈の近くの小さな川に集中することが多いのです。では、母体となる金鉱脈はどうやってできるのでしょうか。
地殻全体の平均的化学組成は下の図のようになっています。

O(酸素)、Si(ケイ素)、Al(アルミニウム)、Fe(鉄)、Mg(マグネシウム)、Ca(カルシウム)、Na(ナトリウム)、K(カリウム)の8つの元素で重量比98.59%を占め、ほとんどこの8つの元素でできていると言っても過言ではありません。金(Au)は地殻内に広く分布していますが、その存在比は0.003g/1000㎏(0.003ppm)と微量であり、そのままでは採取することができません。この微量な金を凝集するのが熱水です。金だけではなく、有用金属を集め鉱床を作るのは、ほとんど熱水の作用と言っていいでしょう。
菱刈鉱山は鉱脈型の浅水熱水性金銀鉱床で、金鉱床の典型と言われています。地下深部でマグマ(あるいは冷却中のマグマの残存)によって熱せられ、上昇してくる熱水はさまざまな金属元素を溶かし込み、岩盤中の割れ目に入り冷却され鉱脈を作ります。この鉱脈は石英(二酸化ケイ素)を主として金や銀を含みます。下の写真の白い部分が石英で、黒い部分に金、銀があります。これが繰り返され、厚い鉱脈が出来上がります。

菱刈鉱山の金鉱石
金、銀だけでなく、初生的な金属の濃集のためにはマグマの熱が必要です。(縞状鉄鉱層などの例外はあります)つまり、火の気のない地層には金属鉱床はできないのです。
では涌谷の場合はどうでしょう。ここに火の気はあったのでしょうか。実は涌谷の篦岳(ののだけ)、加護坊山(かごぼうやま)は古い火山です。たぶん地元の人でもこの山が元火山だとは思っていないでしょう。

JR気仙沼線ののだけ駅付近から見た篦岳
東北地方には奥羽山脈とその西に点々と火山があります。涌谷から最も近い火山は、泉ヶ岳-船形山連山です。これらの火山は第四紀火山と言われるように、およそ250万年前からの新生代第四紀に活動している火山で、富士山や阿蘇山など現在火山と呼ばれる山はすべてこれです。
しかし過去の火山活動-マグマに関連した場所は奥羽山脈の東側にもたくさんあります。最大のものは北上山地、阿武隈山地の花崗岩岩体です。これは中生代白亜紀に活動したマグマが地下深部で固化した深成岩で、まだ日本がユーラシア大陸にあったころの痕跡です。このマグマに関連してできた鉱床が釜石鉱山や日立鉱山などであり、気仙沼の大谷、鹿折などの金鉱床です。
新生代(6600万年前以降)の火山活動は主に北上川、阿武隈川のラインより西側を舞台にしています。これは日本列島が大陸から別れ、現在の位置に移動したころです。当時生まれたばかりの日本海は、地殻が薄くなり、マントルからのマグマが上昇しました。そのためこの地域は、海底火山活動による溶岩、凝灰岩と火山活動の合間に海底に堆積した海成堆積岩(砂岩、泥岩)からできています。このあたりでボーリングをすると、どこを掘っても新生代中新世(およそ2000万年前~1000万年前)の岩石ばっかりです。
この頃にできたのが秋田県北部の大館市、鹿角市を中心に分布する、花岡鉱山や小坂鉱山に代表される「黒鉱」と呼ばれる鉱床です。「黒鉱」は海底で金属を溶かし込んだ熱水が噴出し、海水で冷却され沈殿してできた鉱床です。中東の紅海ではこうした鉱床が現在進行形でできつつあります。紅海もまたアフリカプレートとアラビアプレートが分裂してできている(現在も広がっている)海だからです。
東北地方の太平洋側では、少ないながらも点々と新生代漸新世から中新世の火山活動の痕跡があります。北から言うと、下北半島中軸部の山々(吹越烏帽子など)、宮古市の浄土ヶ浜の流紋岩、宮城県名取市の垂水ダム周辺の山、福島県霊山、茨城県の加波山(筑波山は白亜紀の斑レイ岩)など、規模の小さい岩体です。篦岳と加護坊山もこの一連の時代の火山のひとつです。これらの火山岩体は、日本列島が大陸から分かれる直前に活動した火山で、当時の日本の火山フロントを表していると考えられています。(「東西日本の地質学的境界(第七話)」高橋雅紀)
こうしてみると仙北平野(石巻平野)の高まりの一つに過ぎない篦岳を見る目がぐっと変わってこないでしょうか。日本海分裂時の日本列島―2000万年前の日本がどんな土地だったのか具体的に想像することは難しいですが、その頃この山が火を噴き、溶岩を流していることを思うと不思議な気がしてきます。
大貫鉱床はおそらくその頃のマグマの熱によって金を濃集してできたものと思われます。ただその量は本格的に稼働し、長期に生産できるほどのものではありませんでした。また、涌谷の砂金が大貫鉱床から出たものかどうか、まだはっきりしないようです。
天平の時代に思いをはせてみるついでに、さらにこの山が噴煙を上げていた時代までさかのぼってみるのもおもしろいのではないでしょうか。
あけましておめでとうございます。令和8年を迎えました。
昨年の年末年始は社内でインフルエンザが流行しましたが、今年は若干の感染者がでたものの、全体的には落ち着いた新年となりました。年始の業務も、寒波による積雪の影響で苦労している現場もありますが、比較的影響は少ないようです。
昨年末から日本を取り巻く国際情勢は波乱含みです。昨年からのアメリカの関税政策に加え、年始早々アメリカがベネズエラに電撃的軍事侵攻を行い、世界に衝撃を与えました。トランプ政権はさらにグリーンランドやパナマも自国権益に加えると宣言していますし、イランへの軍事介入も示唆しています。ウクライナ戦争や中東・ガザ紛争の収束の兆しが見えないなか、混迷が深まりそうな様子です。
アメリカの調査会社ユーラシア・グループが発表している恒例の「世界の10大リスク2026」では、「アメリカの政治革命」をトップにあげています。アメリカ政府の機能不全が世界的危機への対応不全に陥るという指摘です。また、日本のメディアではあまり取り上げられませんが、すでにアメリカは内戦一歩手前だという指摘もあります。一去年のアメリカ映画「シビル・ウォー」が現実になる、というものですね。
わが国でも昨年末の高市首相の「台湾有事がわが国の存立危機事態になりうる」という発言により、日中関係が国交回復以来最悪の環境になり、最近では中国がレア・アースの禁輸を示唆する事態になっています。
安定した経済は安定した政治・政策がなければ実現しませんが、こうした政治環境に対して、特にアメリカの政策に対して私たちができることはありません。昨年の年始のブログで「安全保障を含め、わが国の進路もわかりにくい多難なものになっていくことは間違いないでしょう」と書きましたが、これは今年も変わりなく、さらに厳しくなるでしょう。なかなか明るい未来を描くことが難しい時代になってきています。
ところで2025年の日本の出生数は66万5千人という見通しです(日本総研12月4日発表)。20年前、2005年の出生数は106万人ですから、20年で62%になっています。つまり20年後には20歳の学生数、労働者数もおよそ6割になるということです。大変厳しい見通しです。しかし一方でこの60万人の世代に対して私たちは責任を負っています。
どのような社会を彼らに贈るのか、20年後に暗い未来ではなく、明るい未来を贈ることができるようにしなければなりません。政治家だけでなく、今の社会の構成員全体が責任を負う必要があります。少なくともわが国が戦渦に巻き込まれることなく、民主主義が守られる社会にしていきたいものです。そんな心配をしなければならない世相になってしまいました。
こんなことを考える新年になりましたが、何はともあれ、今年もまた安全第一で役職員一同業務に取り組んでいきます。顧客の皆様には今年も引き続きご愛顧賜りますようお願い申し上げます。

1月5日の安全祈願祭
7月16日のブログ「猫騒動の顛末」で、当社で保護した子猫たちを紹介しました。その後、子猫たちはどうなったかといろいろな人から聞かれる機会がありました。母猫に嚙みつかれて治療を受けた外科の看護士さんからも聞かれました。というわけでその後の様子をお知らせします。
社員に引き取られた、マロ、ボタン、キナコの3匹のうち、ボタンちゃんは残念ながら2か月後に亡くなってしまいました。生まれつき心臓に疾患があったそうです。先住の犬と仲良く遊んでもらっていたそうですが、かわいそうなことでした。
マロちゃん、キナコちゃんはずいぶん大きくなり、すっかりそれぞれの家庭になじんでかわいがられています。では現在の様子をどうぞ。

キナコちゃん 炊飯器がお気に入り

マロちゃん サングラスが堂にいっています

同じくマロちゃん

マロちゃん 幸せそうな寝顔ですね
宮城県大崎市から山形県新庄市を結ぶ国道47号線はJR陸羽東線と並行し、奥羽山脈を横断する幹線道路です。宮城県側から行くと、鳴子温泉、中山平温泉を過ぎ、県境にむかって緩やかに登っていきます。松尾芭蕉が「奥の細道」で通ったコースでもあります。県境を過ぎ最上町に入ったところに芭蕉が泊まって「蚤虱馬の尿する枕もと」と詠んだ封人の家があります。国の重要文化財です。

古川―新庄のルート(地理院地図を編集)

国道47号線沿いにある「封人の家」
封人の家の向かいに「堺田の分水嶺」という看板があり、細い道を下りていくとJR堺田駅のそばに小さな池があります。そして写真にあるように「⇦日本海・太平洋⇨」の看板があります。この小さな池からの二つの流れは日本海と太平洋に分かれているのです。

堺田の分水嶺の池
分水嶺とは読んで字のごとく、水を分ける嶺です。奥羽山脈は日本海と太平洋を分ける山々の連なりですが、奥羽山脈の東側に降った雨は太平洋に、西側に降った雨は日本海に流れ、決して交わることがありません。この分水嶺(地形学では分水界といいます)の中で嶺ではなく谷が分水界になっているところがあり、これを谷中分水界と呼びます。
平凡社の地形学辞典によると「谷底にある分水界。谷分水ともいう。ひとつの連続した谷の中で、谷の横断方向にのびる低い高まりが分水界となって、二つの河流が反対方向に流れる場合にいう。河川の争奪などにより生ずる。」となっています。
谷中分水界は日本全国至る所にあり、珍しいのもではありませんが、ひとつの流れが完全に二つに分かれ太平洋と日本海に流れ出る地形はめったにありません。この地形で有名なものが京都丹波市にある「石生の水分れ(いそうのみわかれ)」です。南への流れは加古川水系高谷川として瀬戸内海へ、北への流れは由良川水系黒井川として日本海へ流出します。現在は水分れ公園の水路が人工的に固定されています。下の地図では、石生駅の南側卍マークと〶マークをつないだあたりが分水界にあたります。とてもここが分水界とは思えない平坦な場所です。

石生の谷中分水界(地理院地図を編集)
以前、由良川の流路を地形図で追いかけていて、いつの間にか加古川から瀬戸内海に入ってしまい、「どこで間違えたのかなあ」と何度たどり直しても同じ結果になり、改めて調べて谷中分水界のことを知ったという経験がありました。このあたりの河川流路は非常に複雑です。
堺田の谷中分水界も、北上川水系大谷川と最上川水系明神川の共通の源流部であり、そこから二つの流れとして分かれています。先ほどの地形学辞典で「河川の争奪などにより生ずる」と書いてありましたが、「河川争奪」はちょっと難しい概念ですので説明が必要です。
「分水界を共有する2本の河川の一方または両方の頭方浸食または側刻によって分水界が低下し、ついには両河川が接触したために、河川高度の高い方の河川が低い方の河川に流入して、前者の流域変更が起こる現象である。争奪した河川を争奪河川と呼び、争奪された河川の上流部を被奪河川、その上流部を奪われ短縮された元の河川の下流部を斬首河川、その争奪地点を争奪の肘とそれぞれ呼ぶ。その肘、つまり斬首河川の上流端に生じた谷中分水界を風隙と呼ぶ。」(鈴木隆介「建設技術者のための地形図読図入門」より)
この説明でも難しいですが、図を見ると多少わかりやすくなります。二つの川が浸食によって接触し、浸食力の強い川が弱い川の上流部を奪い、奪われた川は流量の少ない細い流れになり、分不相応な平地が残され、そこが谷中分水界になる、という考え方です。

河川争奪の概念図
はじめて堺田の分水嶺を見た時には、ここで太平洋と日本海が一つの流れでつながっていることに感動しました。そして、こここそが今河川争奪が起きている現場に違いないと直感しました。大谷川と明神川のどちらか、浸食力の強い川がこの流れを奪取し、数十年か数百年後には、ひとつの流れになり池もなくなる、この池の場所が争奪の肘になると思ったのです。
で、このことをブログにいつか書こうと思っていたのですが、地形図を改めて見るとどうも腑に落ちないのです。江合川の支流である大谷川は、鳴子の合流点から上流で鳴子峡の深い谷を刻み、堺田の分水界に向かいます。一方の小国川の支流明神川は赤倉温泉の盆地から比較的穏やかに分水界に向かいます。直感的には大谷川の浸食力が強いように感じます。しかし分水界に近づくにつれ深い谷はなくなり、流れは穏やかになります。

堺田分水嶺付近の地形(地理院地図を編集)
地形図上で合流点から分水界までの長さと高さの比を計測してみると、概略ですが、大谷川は0.017、明神川は0.019、ほぼ同じかやや明神川の傾斜が急なくらいです。どちらが争奪河川になるか不明です。そして何よりどちらの川も本流は堺田の谷に入る前に北の大柴山(1082m)に向かって曲がっているのです。分水界の池に流れこんでいる沢は、地形図上に現れないか細い流れにすぎません。これでこの分水界で河川争奪が起こるのでしょうか。
ところで河川争奪は実際に起きていることが現認された現象ではありません。河川争奪の結果できたと考えられている谷中分水界は日本中にありますが、それが起きた現場を見た人はいないのです。古文書で「昨日までの川の流れが今朝になったら別の川になっていた」などというものは確認されていません(たぶん)。つまり河川争奪は、現在の地形から見てこういう現象が起こったと考えると合理的に説明できる、という仮説です。
自然科学ではこうした仮説にもとづく議論はごく普通であり、地形のような長い時間をかけて出来上がるものにはつきものです。地形学の中でも準平原、先行谷なども同じような概念と言えます。いずれにしても堺田の地形をどう見るか、私にはわからなくなってしまい、ブログのアイデアはしばらくお蔵入りとなったのでした。
ところが全く別の方向から堺田の分水嶺についての解釈が表れました。それは元産総研研究主幹高橋雅紀先生の「分水嶺の謎」「準平原の謎」「蛇行河川の謎」という3冊のシリーズです(この後も続くようです)。高橋先生は「ブラタモリ」の解説でおなじみですが、地質学者として日本列島の成立について重要な研究をされてきていました。
私も先生の「東西日本の地質学的境界」以来、論文を読んできて、すごい研究だなあと思いつつ難解でもあり、分かりやすく本にまとめてくれないものか、と期待していたのですが、地形学の方向から研究を発表されるとは驚きました。
高橋先生の地形の解釈は、デービス(アメリカの地形学者)以来の地形学を根本からひっくり返す画期的なものです。地表地形の形成は河川による浸食を主な営力としている、という私たちが長年親しんできた考え方から、日本では東西圧縮による隆起時の海の営力(波浪による浸食)を主としているという転換です。
この考えによると、堺田の分水嶺は奥羽山脈が隆起してくるときの海峡の名残であり、谷を作ったのは海の波浪です。堺田の分水嶺だけでなく、奥羽山脈を横断するルートである北上―横手間の巣郷峠、白石―米沢の七ヶ宿峠もみな同じです。
高橋先生の「峠は海から生まれた(「分水嶺の謎」のキャッチコピー)」という考え方は、まだ地学の世界で一般的に認められたものではありませんし、私自身すっかり納得できているわけでもありません。しかし相当に説得力のある考え方であり、今後地形学―地学の世界で日本列島の主な地形営力が河川なのか海の波浪なのかを巡った議論が起きることは間違いないと思います。
さて、話は戻って、では堺田の分水嶺―二つに分かれている流れはどうなるか。高橋先生の解釈が正しければ、この流れは何か他の原因(斜面崩壊が起きるとか、断層で動くとか)で変化が起きなければ、このまま継続していくことになります。私にはどうもこちらの方が正しいように思えます。興味のある方は是非本をご覧ください。
「おじいさん」はランプ屋から本屋に商売を替えることができました。石炭労働者も石油プラントに限らずさまざまな職業に転進し、日本の戦後の高度経済成長を支えました。ところが現在のAI革命では事情が違います。車両の自動運転はそう遠からず実現するでしょう。運輸業では運転手不足が切実な問題になっているのでなおさらです。長距離の大型トラック運送では、拠点間の運転は自動化され、積み替えや個別配送のみが人力でとなるでしょうが、それすら将来的には自動化される可能性があります。
スーパーマーケットでも、今でもセルフレジがほとんどのところに設置されています。まだ慣れない人は有人レジに行っていますが、そうこうしているうちに有人レジはなくならないまでもごく少数になると思われます。
最近では証券会社がAIによる自動運用をせっせとコマーシャルしています。「×××(商品名)は、金融商品の選択から税金の最適化まで従来の資産運用のプロセスをすべて自動化。忙しく働く世代も手間なく資産運用を始められます」と言っていますが、証券マンはどうなるのでしょう?
「マルチモーダルAIの普及は、ビジネス環境において重要なトレンドになっています。マルチモーダルAIは、テキスト、画像、音声など複数のデータタイプを統合的に処理する能力を持ち、より複雑でリッチなアプリケーションの開発が可能になります」なんてことを言われたって、いったい何を言っているのかさっぱりわかりません。とにかく便利で高性能なAIなんだろうなあ・・、ということなんでしょう。
医師も、弁護士もAI化されるような話です。最近ではテレビのニュースもAIがアナウンスしています。最初の頃はなんとなく不自然だった発音も、今では全く自然な人の声に聞こえますよね。アナウンサーもいらなくなるのでしょうか。これまで就活で人気のあったホワイトカラー職こそ、もっともAIに向いているというのですから、いったいどんな職業が残っていくのでしょうか?
「サピエンス全史」で有名なイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、「21Lesson」
で次のように述べています。
AI革命とは、コンピューターが速く賢くなるだけの現象ではない。・・コンピューターは人間の行動を分析したり、人間の意思決定を予測したり、人間の運転者や銀行家や弁護士に取って代わったりするのがうまくなる。
過去に自動化の波が押し寄せたときには、人々はたいてい、それまでやっていた高度な技能を必要とせず、同じことを繰り返す仕事から、別のやはり単純な仕事に移ることができた。1920年に農業の機械化で解雇された農業労働者はトラクター製造工場で新しい仕事を見つけられた。1980年に失業した工場労働者はスーパーマーケットでレジ係として働くことができた。そのような転職が可能だったのは農場から工場へ、工場からスーパーマーケットへの移動には限られた訓練しか必要としなかったからだ。・・・
したがって人間のための新たな仕事が出てきても、新しい「無用者階級」の増大が起こるかもしれない。私たちは実際、高い失業率と熟練労働者不足という二重苦に陥りかねない。
というわけで、ベーシックインカム(最低所得保障)という考え方が出てきているのですが、何とも気鬱な社会が想像されます。
AIが人間に敵対し、支配するという「ターミネーター」のような世界が出現したり、人間がAIに政治や経済を委託することはないと思いますが(たぶん・・なんとなくですが)、多くの産業、業務に利用されていくでしょう。今後の社会は少子化とAI革命という二つの軸に沿って動いていくことは間違いありません。ランプを割って新しい商売をはじめられた「おじいさん」の牧歌的時代とは違います。
AI革命の波は私たち地質調査業、ボーリング業にもやがてやってくるでしょう。現在ではまだAIとは言えませんが、IT化は進んでいます。建設業ではすでにi-Constructionとして導入されています。現在建設されている秋田県の成瀬ダムでは自動化されたダンプカーやブルドーザーなどが堤体の盛り立てで活躍しています。測量、調査、設計でもBIM/CIM(Building/ Construction Information Modeling 構造物の形状や構造を立体的に表現した3次元モデルを構築し、計画から設計、施工、維持管理の事業プロセスで共有し、一元的に管理する手法)の導入が進んでいます。
ボーリングでも、全自動ボーリングマシンの研究と開発が行われていますが、これには高い壁があります。その理由は、
①土や岩盤などの目に見えない地中の世界を相手にしているため、パラメーターが複雑で地中の現象を推測し、判断するには経験が必要とされる。
②現在のボーリングマシンは構造が単純で分解、運搬、組み立てが比較的容易にできるので山岳地でのボーリングも可能だが、重く、複雑な全自動ボーリングマシンでは搬入が困難になる。
③原理的にはAIによる全自動ボーリングマシンの開発は可能だが、バックホーなどの重機に比べボーリングマシンの汎用性は低く、開発のための資金を回収するには大変高価なものとなる。したがってボーリングの単価も高額になる。
④現在のボーリングは建築基礎調査をのぞいてオールコア採取が主流であり、マシンが完成された状態になるまではコアの流失が多くなると思われる。これを容認することができるか。
以上の理由により、全自動による高価で不満足な調査結果よりも、現在の比較的安価で信頼性の高いボーリングが継続される可能性が高いと思われます。とはいえ、これから人手不足が深刻になることは明らかであり、重い労働負荷を軽減していく取り組みもおこなわなければなりません。全自動とは言わなくても、一定の自動化の取り組みは必要です。
ボーリングに限らず、医療や介護、対人関係の仕事などAIの影響の及びにくい職種はあります。しかし、これまで述べてきたようなさまざまな仕事がAIに取って代わられると予想されています。AIの開発が、本当に人が住みよい社会になるために利用されていくのか、現在のAIの開発の方向性を見ると、疑わしいかぎりです。
効率化や生産性の向上という名のもとに、人が金魚のように扱われる社会になってしまうのではないか、と疑ってしまいたくなります。AIの開発が、働く人を失業に追い込むのではなく、働く人の利益になるように進めてもらいたいし、それは十分可能なものだと思います。(今回はオチがありません)