TEL 022-372-7656

一紀と二紀はどこへ行ったのか(3)27億年前の大事件

2023年07月21日

 光合成をおこなう生物の誕生は、生物の歴史上もっとも重要な事件です。現在でも深海の熱水噴出孔の硫化水素を利用し、酸素ではなく硫黄を排出する生物がいますが、光合成以前の嫌気性(酸素を嫌う)生物はこうした代謝をしていたと考えられます。

 光合成を始めたのは、シアノバクテリアと呼ばれる藍藻類です。光合成は二酸化炭素(CO2)と水(H2O)を原料とし、太陽光をエネルギーとしてデンプン(C6H12O6)を生成し、酸素(O2)を排出します。この代謝方法はそれ以前に比べ大きなエネルギーをえることができ、生命活動の飛躍的な増大を生み出しました。このことにより、生物は自ら栄養を作り出すとともに、他の生物の食料として利用される「捕食」も始まります。現在に続く「食物連鎖」も始まったのです。

 シアノバクテリアが生み出した酸素は、まず海水中にある鉄イオンと反応し酸化鉄となって海底に大量に堆積しました。これが現在も採掘されている鉄鉱石である「縞状鉄鉱層」です。鉄イオンは約22億年前から19億年前にかけて酸化鉄となり堆積し尽くします。その後酸素は海中から大気中に広がり、およそ酸素濃度は15%程度にまでなったと言われます。

  オーストラリアの縞状鉄鉱層(九州大学理学部ホームページより引用)

 酸素濃度の増加は二酸化炭素の減少でもあります。酸素―二酸化炭素の濃度変化はその後の地球の温度、気候に極めて重要な影響を与えていきます。さらに、大気中に広がった酸素は、太陽の紫外線によって分解され、O3(オゾン)となっていきます。長い時間をかけて成層圏にできたオゾン層は、生命にとって有害な紫外線のバリアとなっていきました。

 もう一つの大事件が、地球磁場の発生です。方位磁石は、N極は北を、S極は南を指します。これは地球自体が大きな磁石になり、地球全体を囲む磁場を持っているからです。この地球磁場は地球上の生命を守るうえで、きわめて大きな役割を果たしています。

 地球は常に宇宙空間から有害な宇宙線(主には銀河系内からの高エネルギーの放射線)を浴びています。この宇宙線は細胞内のDNAを破壊する力を持っています。また、太陽からの有害な放射線(太陽風)もやってきます。地球磁場はこれらの宇宙線や太陽風をはじくバリアの役割を果たしています。地球磁場が成立する前は、生命は海水によってしか守られておらず、浅い海に進出できませんでした。地球磁場の発生とオゾン層により、生命は浅い海に進出して、さらに活発な光合成をおこなうようになりました。そして、やがて生命の地上への進出も可能にしたのです。

      地球磁場の概念図(産業技術総合研究所より)

 地球磁場がどうやってできたのか、次のように考えられています。

 上下二層のマントル対流は、約27億年前に密度の異なる上部マントルと下部マントルで大きな対流をはじめました。沈み込み帯から地球内部に供給された冷たいプレートの残骸が蓄積し、ついに下部マントルに沈み込み、その反動で別の領域から上昇流が起きました。このマントル全体を巻き込んだ対流の開始を「マントルのオーバーターン」と呼んでいます。

 下の図は、マントル対流の概念図です。初期のマントル対流は(a)のように上下二層で対流し、上部は小さくて数の多い対流をしていました。(b)は「マントルのオーバーターン」以後の対流です。マントル全体で対流し、外核からスパープルームも上昇してきています。

 このことにより、マントルと接する外核の冷却が進みます。液体金属でできている外核はマントルより動きやすく、外核内部の対流が活発になり、電流を発生させます。これが地球ダイナモ(発電機)であり、地球自体が巨大な電磁石となり、磁場を発生させていると考えられています。

 マントル対流の大規模化はもう一つの変化をもたらしました。超大陸の誕生です。対流の規模が大きくなると、プレートの規模も大きくなります。沈み込み帯にできる陸地が次第に大きくなり、やがて集合し超大陸へを成長します。最初の超大陸「ヌーナ」が姿を現したのは約19億年前とされています。 

 ヌーナは現在の北米大陸よりやや大きい規模だったと考えられています。ヌーナから始まった超大陸は、プレートテクトニクスにより、分裂と集合を繰り返す超大陸サイクルの時代に入っていきます。約11億年前の「ロディニア」、5億5千年前の「ゴンドワナ」、3億年前の「パンゲア」という四つの超大陸ができ、その都度超大陸の規模は大きくなっていきました。

 パンゲアは中生代の終わりごろ、約1億年前に分裂をはじめました。大陸中央の分裂帯は広がり続け、やがて大西洋が生まれ、大西洋中央海嶺になっていきました。そして六つの大陸に分裂しているのが現在です。やがて大西洋が唯一の大洋となり、すべての大陸は、現在の北極海付近で再び集合すると考えられています。2~3億年後にユーラシア大陸を中心とする超大陸「アメイジア」が誕生すると予想されています。「アメイジア」とは、アメリカとユーラシアがつながった土地、という意味です。

 「一紀、二紀」の話から、地球の黎明期の話になりました。ほんの50年前まで闇の彼方と思われていた時代に何が起きていたのか、これほど多くのことがわかってきたことに驚くばかりです。これらのことは地質学だけでなく、地球物理学、地球化学など地球科学全体の研究の中で分かってきたことです。もちろんこれからの研究で新たな発見があり、歴史の書き替えもあるでしょう。

 それにしても、地質学者おそるべし。山の中で、コンコンとハンマーで石を叩いている地質学者が(もちろんそれだけやっているわけではないのですが)地道に地質図を作り、解析し、こうした歴史を編み上げてきたことは本当に素晴らしい偉業だと頭が下がります。多くの人に地質学者の仕事、地質学の果たしている役割の大きさを知ってほしいと思っています。

※この項の主な参考文献 

鎌田浩毅「地球の歴史(上・中・下)」中公新書

サイモン・ウィンチェスター著、中野邦子訳「世界を変えた地図~ウィリアム・スミスと地質学の誕生」早川書房