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「銀河鉄道の父」と「土木デクノボー論」

2024年02月08日

        2022「銀河鉄道の父」製作委員会より

 2023年5月5日公開の役所広司さん主演「銀河鉄道の父」を見てきました。公開が終わってずいぶんになるのですが、見た後でいろいろ考えているうちに時間がたってしまいました。宮沢賢治は好きな作家というより、畏敬する作家であり、その作品世界の深さはとても私ごときの及ぶものではありません。ここではあまり深く考えず、感じたところを述べます。

 映画のなかでの賢治(菅田将暉さん)は、家業を継ぐことを望む父政次郎(役所広司さん)の意に反して人造宝石の事業を始めようとしたり、日蓮宗にのめりこんで家出をしたり、かなりの「困ったちゃん」でした。そして賢治を常に暖かく守り、最後には作品を世に出し、賢治の業績を残そうとした子煩悩な父の姿が描かれています。

 宮沢賢治の作品と言えば、「風の又三郎」「注文の多い料理店」「どんぐりと山猫」など初期の人と自然と動物が混然とした不思議な世界、「銀河鉄道の夜」に見られる死後の世界を旅する深い精神性に満ちた作品、「グスコーブドリの伝記」の自己犠牲を中心に据えた作品など、多岐にわたり、広く深い世界観が特徴です。

 多くの宮沢賢治の作品の中で最も広く知られているのが、詩「雨ニモマケズ・・」でしょう。晩年、結核の療養の床で書かれたこの詩は、誰が書いたか忘れましたが、「宮沢賢治にとってのお経であろう」と評されていました。賢治が日蓮宗系の国柱会の熱心な信者であったことは有名です。映画のなかでも曹洞宗の父に対して日蓮宗に改宗を迫ったり、東京の国柱会に行く場面がありました。

 「雨ニモマケズ・・」と日蓮宗の宗旨にどれだけの関係があるのか、あるいはないのか、私にはわかりませんが、どの宗教というよりもこの詩が賢治の世界観を表しているのは理解できます。また、その世界観のもとに生き、そして死んでいったことに多くの人が胸を打たれるのだと思います。

 さて、今回の標題「土木デクノボー論」です。

 「雨ニモマケズ」の最後の部分は、

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ

と結ばれていますが、この「デクノボー」の部分です。

 これは熊本大学准教授の星野裕司先生が「自然災害と土木―デザイン」の中で述べている意見です。星野先生は「デクノボーとしての土木」として次のように述べています。

「雨にも風にも負けない『ジョウブナカラダヲモチ』、ほめられもせず苦にもされずに『イツモシズカニワラッテイル』。この姿は私の中で『東京物語』の防波堤に重なって見える。日常的な視線から見た土木のあり方として。」

 ここは少し説明が必要です。

 小津安二郎の映画「東京物語」で、老齢の両親(笠智衆と東山千恵子)が子供たちに呼ばれ、田舎の尾道から上京します。しかし忙しい子供たちから相手にされず、二人は熱海に送り出されますが、そこでも手もちぶさたで、熱海の防波堤に座って時間を過ごし、結局は尾道に戻ることになります。

        1953年松竹映画「東京物語」

 ここで星野先生が言っている防波堤は、災害を防ぐために作られたものではあるが、日常生活に溶け込んだ、その存在が特別に意識されない土木構造物の象徴として位置づけられています。そしてさらに、星野先生は土木について次のように述べています。

「土木においては、常により大きなシステム(その最たるものが大地=自然であろう)の部分的な改良に過ぎない。

 例えば長大橋の新設だろうと、何kmにわたる堤防の構築であろうと、それは連綿と続く道路や河川の部分的な改良に過ぎない。つまり土木は常にリノベーションなのである。」

 土木の役割は、人々の生活と生命を守るとともに、社会生活の利便性を高めるものですが、それは基盤となっている自然の部分的改良であり、自然条件と人間の側の条件の変化に合わせて継続的に行われていくものだと理解すべきでしょう。そして自然が常に人々のそばにあるように、土木構造物も人々の生活に寄り添うように作られなければならない、ということだと思います。

 当ブログの2019年9月9日掲載の「忘れることについて」で、日本河川協会の大西専務理事(当時)の次の話を紹介しました。

「社会資本には逃れられない宿命がある。完成直後にはとても喜ばれるが、10年もたつと、前からあったよね、で終わってしまう。堤防やダム、水門などは機能不全になってもすぐ困るわけではなく、100年に1回、50年に1回という確率論で作られているため、本当に機能を発揮し、必要とされる機会は少ない。すなわち忘れ去られる運命にある。」

 作られたばかりの堤防は、洪水を防ぐ安心感を与えてくれますが、土の色がむき出しで違和感を覚えます。しかしやがて草が生え、緑におおわれ、時間がたつにつれて風景と一体になっていきます。ダムもできたばかりではその巨大さで威圧感がありますが、やがて新しい景観を生み出していきます。

 下の写真は仙台市青葉区にある青下第1ダムです。青下ダムは昭和初期に仙台市の水源として建設されたダムですが、現在は登録文化財に指定されています。周辺の緑地とともにピクニックコースとしても利用されています。このように完成後に忘れ去られ、「デクノボー」のように「イツモシズカニワラッテイル」のが、土木、土木構造物の本来の姿である、と言えるかもしれません。

      青下第1ダム 仙台市水道局ホームぺージから引用