TEL 022-372-7656

安全作業とコミュニケーション:「テネリフェの悲劇」を例に

2023年05月15日

 以下の内容は昨年12月の安全大会で、なぜ「パワハラ」をテーマとして扱うのか説明したものです。

 私たちの作業はチームでやっているので、チームワークが大事であることはみんなが理解していると思います。ここで、チームワークがうまくいかなかったために起きた事故の例として「テネリフェの悲劇」と呼ばれる航空機事故について話します。

 1977年に大西洋にあるスペイン領カナリア諸島のテネリフェ空港で、ボーイング747型機同士が衝突事故を起こし、乗客、乗員あわせて583名が死亡する、航空機事故史上最悪の事故がありました。この事故は、その後の航空機業界の安全対策を大きく変えるきっかけとなりました。

 KLMオランダ航空のボーイング747型機(以下KLM機)とパンアメリカン航空の同じくボーイング747型機(以下パンナム機)は、どちらも大西洋のリゾート地、グラン・カナリア島を目指して飛行していました。途中でグラン・カナリア空港にテロ予告があり、急遽近くのテネリフェ島のテネリフェ空港に臨時着陸し、長時間の待機を余儀なくされました。

 待機しているうちに、濃霧が空港を覆い始めます。KLM機は本来の目的地であるグラン・カナリア空港到着後、アムステルダムに戻る予定でした。さらに濃霧が悪化すると、視界不良により空港が閉鎖され、予定の飛行ができないだけでなく、乗客の宿泊代などの負担が増える恐れがありました。クルーにこうした焦りがあったと思われます。

 パンナム機到着2時間後、テロ予告がウソであることがわかり、グラン・カナリア空港が再開し、待機中の飛行機は離陸を始めます。しかし大型の747型機はなかなか出発できません。早く離陸したいKLM機は、管制官のあいまいな指示を離陸許可と思い込んで滑走を始めますが、滑走路の反対側にはパンナム機がまだ待機中でした。KLM機はパンナム機に衝突、炎上してしまいました。

        衝突炎上したボーイング747型機の残骸

 ここでは濃霧や管制官のあいまいな指示など、途中でいろいろな問題があったのですが、KLM機のクルーの間のコミュニケーションの悪さが、大きな事故原因の一つとしてあげられています。

 まず、KLM機の副操縦士が、離陸を始めるときにまだ管制承認が出ていないことを指摘しています。さらに航空機関士も滑走路上にパンナム機がいるのではないか、と指摘しましたが、機長はこれらの意見を黙殺し、他のクルーはこれ以上のことを言えませんでした。

 この機長は、KLMで最も権威のあるパイロットで、ボーイング747型機操縦のチーフトレーナーでした。他のクルーとの格差が大きすぎ、コミュニケーションが取れなかったことが事故の大きな原因であったと指摘されています。

 航空機事故は大きな事故になることが多いため、この事故を受けて航空機業界はCRM(Crew Resource Management)と呼ばれる、コミュニケーションとチームマネジメントの訓練を行うようになりました。

 労働災害、事故の原因にはさまざまなものがあります。資材・機器の不備、整備不良、安全設備の不十分さ、教育・訓練の不足、不注意、うっかり、などなどいろいろあります。コミュニケーション、チームマネジメントも重要な要因のひとつです。

 作業員が危険な要素に気が付いていても、職長、監督者に言わなかったために起きた事故は少なくありません。なぜ言わなかったか、理由はいろいろ考えられますが、基本的にはコミュニケーション不足、というよりコミュニケーションがとりにくい関係です。KLM機では機長の権威が圧倒的であったと言われていますが、それ以外に当時のパイロットは軍出身者が多く、上の指示は絶対という関係がこのクルーにはありました。

 各作業現場ではさまざまな立場の人が協力して作業し、業務を進めていきます。自分の会社だけでなく、協力し合う多くの会社の人たちと、風通しがよく、信頼できる関係を作ることが大変重要になります。パワハラ、ハラスメントはこうした信頼関係の基礎となるコミュニケーションを阻害する最も大きな原因です。

 「また怒られるかもしれない」とビクビクしながら仕事をしていたら、チームとして機能しないし、よい仕事ができるわけがありません。そういう意味で、安全に作業していくためにはパワーハラスメントについて理解し、職場からなくしていくことは切実な課題です。まずお互いによく話す、コミュニケーションをとる、ということが出発点になるのです。新入社員を迎えるにあたり、改めてこのことをよく理解してほしいと思います。