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ダムと地質調査(4)ダムの事故

2021年02月20日

 今回は過去に起きた代表的なダム事故を取り上げます。

海外におけるダムの事故

セントフランシスダム(1928年)

 アメリカ・カリフォルニア州で1928年に完成したアーチ式ダム。堤高約60m、堤頂長180m。初期湛水時に堤体が崩壊し、下流の住民約450人が死亡しました。原因は、左岸アバットメントが、岩盤中にあった古期大規模地すべりの上にあったこと、ダムの基礎幅が不足し、揚圧力に耐えられなかったことと判断されています。

マルパッセダム(1959年)

 フランス南部ヴァール県に建設されたアーチ式ダム。堤高66m、堤頂長22m。1954年に完成しました。1959年2月2日、堤体が完成して初めての大雨で満水状態になり、その16時間後に左岸基礎地盤が下流側に移動し、堤体が崩壊、決壊しました。下流の二つの村が濁流に呑み込まれ、421名が死亡しています。原因はダム左岸の岩盤に薄い粘土層があり、これが動くことでダムに亀裂が入ったことが原因とされています。この事故は岩盤工学やダムの基礎設計に必要な構造力学が飛躍的に発展するきっかけとなったと言われています。

バイオントダム(1963年)

 イタリア北東部ヴェネト州に1960年に完成したアーチ式ダム。堤高262m、堤頂長190m。ダムの貯水開始後、地すべりが頻発し、1963年10月9日、ダム上流で大規模な地滑りが発生し貯水池に流入しました。これにより津波が起こり、越流した水がダム下流のロンガローネ村を襲い、2,000名以上の人が犠牲になりました。ダム本体はほとんどダメージがありませんでしたが、ダムは放棄されてしまいました。この事故は、その後のダム建設において、地すべりの可能性を含め、周辺の地質を調査する重要性を認識させるきっかけとなりました。

ティーントンダム(1976年)

 アメリカ・アイダホ州に多目的ダムとして建設されたロックフィルダム。堤高93m、堤頂長930m。1975年に湛水し、1976年6月3日に漏水が確認され、その2日後、6月5日に堤体が崩壊し、死者11名、被害総額20億ドルと、アメリカで最悪のダム事故と言われています。盛土内部の侵食により右岸側着岩部に漏水が発生し、パピングによって破堤したものです。現在も史跡として崩壊跡地が保存されています。調査報告書では、設計、施工ミスと緊急時の対応の不徹底さと指摘しています。河床部の透水性の高さは建設段階から指摘されていました。

石岡ダム(1999年)

 台湾台中県石岡郷に建設された重力式コンクリートダム。堤高20m、堤頂長357m。1999年9月21日に発生したマグニチュード7.5の台湾集集地震の地震断層の変位により、右岸側が約7.6m隆起し、段差発生の直撃により堤体が決壊しました。この事故による人的被害は報告されていません。

日本におけるダムの事故

幌内ダム(1941年)

 北海道紋別郡雄武町に1940年12月に完成した発電用ダム。堤高21m、堤頂長162m。1940年11月に1年11か月という短期間で本体が完成しましたが、1941年6月6日に集中豪雨のため一気に水位が上昇すると、おびただしい流木がゲートに漂着してダムの放流機能を喪失しました。洪水はダム本体から越流し、水圧に耐えきれず本体中央部が崩壊し、決壊しました。このため下流部の幌内部落で60名が死亡しています。原因は粗悪なコンクリートを使用して建設したことと言われていますが、戦時中であり詳細な原因究明が行われず実態は不明のままとなっています。

平和池(1951年)

 1949年に京都府亀岡町に完成した農業用貯水池。堤高19.6m、堤頂長82.5m。1951年7月11日に京都府一帯に降った集中豪雨により、貯水池堰堤を越流し、決壊。下流の柏原地区で75名、亀岡町で21名が死亡しました。

 ため池の事故にはこれ以外に死者941名を出した愛知県犬山市の入鹿池決壊事故(1868年)、死者108名を出した京都府井出町の大正池決壊事故(1953年)などがあります。いずれも豪雨により堰堤が決壊したものです。

藤沼ダム(2011年)

 福島県須賀川市に1949年に完成した農業用アースダム。堤高18.5m、堤頂長133m。2011年3月11日の東日本大震災により堤体が決壊し、死者、行方不明者8名という大惨事となりました。最大地震動442ガル、50ガル以上の振動が100秒以上続き、この強振動によって堤体すべりが発生したとされています。藤沼ダムは2017年に同じ位置に再建されています。地震による貯水池、農業用ダムの決壊で死傷者が出た例は1930年以降世界で報告例がなく、極めてまれな事故と言われています。

 有名なダムの事故を取り上げましたが、ここで留意してほしいのは、事故の多くは完成直後の湛水時、あるいは満水になって短時間で発生していることです。ダムの堤体が完成後長期を経て経年劣化によって壊れたという事例はほとんどありません(正確には聞いたことがありません)。建設当時としては最新の技術で最大限の調査をして設計していたと考えられますが、結果から言えばダムの事故は当時の基準の甘さによる、ダムサイトおよびダム湖周辺の地質調査の不足と、それによる設計ミスが原因となっているのです。

 ため池の事故の原因は、大雨による越流がほとんどです。土堰堤は普通の堤防と同じで、水が越流すると堤体下部が浸食されて崩壊に至ります。ダムは堤体の越流を許さないように洪水吐あるいは余水吐を設けていますが、小型のため池は洪水吐を持たないものがあるため、豪雨により破堤に至ってしまったと考えられます。

 また、地震でダムが破壊された例は、藤沼ダムと活断層の直撃を受けた石岡ダム以外はほとんどありませんが、藤沼ダムの事故を受けて、全国でため池の耐震性照査のための調査が現在も行われています。

※ダムの写真はいずれもwikipediaから引用しました。